土地家屋調査士 鹿士憲司 事務所:北海道札幌市で、境界・測量・登記の相談を受け付けています

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当事務所について
 

1967年6月25日生
北海道札幌市出身
創業40余年(有)鹿士測量所属
不動産、測量・登記業務実務経験15年目
(株)東京リーガルマインド札幌本校レック大学講師
座右の銘:「一生勉強、一生青春」

鹿士憲司について

サムライ族レポート」より

[註] この内容はLEC大学が発行している「サムライ族レポート」のVol.7(2006年9月)に掲載された内容です。

Q.今、どんなお仕事をしていますか?


A.不動産を持っている人がお客さん。土地の測量や登記が仕事のメインです。

アメリカやフランスなどの海外へ行くと測量士という資格1つしかなくて、測量や登記、不動産の紛争の解決など全部できる地位の高い職業なんです。一方、日本では測量士と土地家屋調査士という2つに分かれているのが特徴です。

この仕事で、お客さんに当たるのは不動産オーナー、不動産業者さん、隣接サムライ業(司法書士、行政書士、税理士、弁護士、不動産鑑定士など)からも仕事が発生します。

仕事のスタイルとしては公共事業以外、全部行っています。測量業務、登記業務、相談業務、講演・講師業などが主な仕事です。
とにかくこの仕事は一言で表現しづらい職業ですね。


Q.楽しいコト&大変なコトは何ですか?


A.毎日違うモノを扱うので飽きることはありません。


今の仕事の中で一番面白いのは、講演・講師業ですね。
合格という形で目に見えて結果が出たり、受講者から学ばせていただいたりする事もあるので、張り合いがあってとても楽しいです。

以前はテニスのインストラクターをしていた事もあり、ラケットをホワイトボードのマーカーに変えたらできるんじゃないか?そんな風に思ったのが講師を始めたきっかけですね(笑)。LECで勉強していたこともあり、恩返ししたかったのと、あと受講費用を取り返したいなあと(笑)。
お陰さまで、3年分の受験にかかったお金は1年で取り返しました。

独立したことで外での仕事と、中での仕事が半々なので、バランスが良く、また、日々2つとして同じ事件(依頼)が無いのが良いですね。毎日違うモノを扱うので楽しいです。今日はあそこの建物、明日はあそこの都市…といった具合にね。もとから、オフィスワークは向いていないと思っていました。目に見えるモノを扱って商売にしていきたいとい
う意識があります。株や証券などは自分には向いてないなあって思います。

大変なのは、独立事業なので、お給料を与えられるというより、得なきゃいけないということ。当たり前ですけどね(笑)。
そして不動産という大きな財産を扱う仕事なので、失敗は許されないということです。


Q.今のお仕事を選んだキッカケは何ですか?


A.すべては19歳で家出し、テニスプレーヤーを本気で目指したコトにさかのぼります。


大きな理由としては、実家がもともと祖父から3代続く創業50年の土地家屋調査士事務所だったことです。
北海道でも最も長い事務所の一つなんじやないかな。
でも僕は、家の商売を継ぎたくなくて19歳で家出しちゃったんです。
よくある親父への反発ってやつです(笑)。継いだら真似になるって思いがあったんだと思います。
家出をして13歳からやっていたテニスでプロを目指し始めました。
ま、家出っつっても実家から車で20分くらいの距離で、しかもガールフレンドの家でしたが。
彼女も「夢に向かって頑張って!」といった感じで(笑)。

プロインストラクターの試験というのが、「大学生」では受けられなかったので、大学4年になりたての時期に中退しました。それほど、テニスに命を懸けてました(笑)。
テニスのための人生で、部活もアルバイトも全部テニス一色でした。やれることを全てやって北海道ランキング24位。

先輩プレーヤーが30歳過ぎても選手生活にしがみついて定職も家庭も持たず…。そんな反面教師から学ばせていただいて、22歳でトーナメントプレーヤーとしては引退しました。


Q.これまでどんなお仕事をしていましたか?


A.ベンチャービジネスで大失敗し、ホームレスも経験しました!


テニスを引退しても、実家には意地があって戻れず、22歳でベンチャービジネスを始めました。街で男性をナンパしてビジネスパートナーを見つけたりしていました(笑)。
そんな仲間数名で、借金をし合いながら出資して、メーカーからモノを買ってきて小売に卸す。その中間マージンで儲けるような商売をしていました。健康器具(24h温浴器やアルカリイオン浄水器など)の代理店業ですね。

メーカーの作りたての新製品をメーカーに代わって営業して売り込むというのが仕事でした。ベンチャーは初めの1年半くらいは上手くいってて、すすき野にボトルがどれくらい入っているか覚えていられないような生活をしていました(笑)。外車に乗って、その当時はまだ珍しかったケータイ電話なんかを持ってて。
22~23才でですよ!その頃の僕に会ってたら、かなり感じ悪かったと思います(笑)。

でもその後、出来たばかりの商社と組んだところ、その会社が2ヶ月で倒産。
いきなり23歳、ホームレス生活に一転しました。
どこからもお金を借りることができなくなり、友人の家で何でもいいからって食べた卵にアタッて食中毒で死にかけました(ホントです)。
でもそれも自然治癒力に任せたりして。この頃は借金仲間の駆け込み寺、いわゆる「サヤ」があって、とにかく毎日誰かに付けられていないかだけを必死に確認する日々。
この頃ですよね、働きたくても働けない人の気持ちや、借金している人の気持ち、信用が無い人の気持ちがこの状況になって初めて分かったのは。
まさに死にかけて目覚めたって感じですね。
よく「死にはしないよ」なんていうけど、死ぬ!(笑)。
それで、とにかく普通に戻りたかった。
まともな人間になりたくって、お金を返すことから始めようと思いました。
そんな時、うちの父親が「ちょっと大変そうだからウチで働かないか?その給料で返していかないか?」と。
そこから、昼は親父の会社で測量隊として現場に測量に行き、夜はテニスのインストラクター、深夜はキャバクラの黒服、日曜は引起し屋・・・と、平均睡眠2~3時間くらいで、多いときでは月に60万円くらい返済していました。
それで29歳で完済。金利込みで1千数百万円くらいだったかなあ。
借金を返した後、父親に「この仕事を継ぎたくても国家資格なかったら継げないからな」と言われ、測量士補に29歳の時にチャレンジ。
通信講座で一発で合格しました。
それで30歳から土地家屋調査士にチャレンジし始めました。
受験勉強の期間は3年。極めて平均的です。
34歳が平均といわれていますので。そのデータに負けたくない!最低でも平均は…と。そしたら受かりました(笑)。


Q.将来の夢は何ですか?


A.50歳までには夢を叶えます!

やっぱり、業者ではなく不動産のプレーヤーになりたいです。
具体的には自社ビルを所有したい。

男として自社ビルは成功の証に近いですからね。
あとはハワイでコンドミニアムを買って、自分が利用しない時は賃貸に出したりして(笑)。
どちらの夢も50歳には達成します!



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